「何故なら今までボディは存在しなかったからだ」
素子が背景の街に溶け込むOPは、虚空に飛び交う声と街が溶け合うEDに繋がり、円環を成す。公安九課のメンバーは、その義体と記憶の一部が国家の所有物だが、これは制約であると同時に、国家機関という巨大な身体との融合でもある。そして都市は既に、一個の巨大なコンピューター。 押井名物の‘ダレ場’で、街に中華風の看板が溢れているのは、監督によると、情報化の象徴であるらしい。漢字が採用された理由は、表意文字としての漢字の情報圧縮度だろう。この場面は最後、ショーウインドウに並んだマネキンが映り、続いて路上に義体が登場する。まるで‘人形’が主題となる続編『イノセンス』の予見のよう。 劇中の聖書の言葉「今我ら、鏡もて見る如く」は、レイバーのカメラとTVカメラが向き合っていた(映像に吸収される都市)『パトレイバー2』を想起させる。聖書では「我々の知識は一部分。不完全なものは完全なものによって放棄される」に続く言葉で、この一節は最後、「最も完全なものは愛」と説く。「我々の神々も希望ももはや科学的でしかありえないなら、我々の愛もまた科学的であってはならない謂れはない」(『未来のイヴ』)。そして受胎告知の天使の降臨。この天使の名・ガブリエルは、続編でのバトーの飼い犬の名だ。 監督は本作で、キリスト教的要素と共に、神道的世界観も取り入れたと言う。端末のそれぞれがホストとしての役を果たすネットは、‘八百万の神々’を思わせる、と(TRONの開発者、坂村健氏にも同様の発言アリ)。『パト2』で既に自衛隊機に‘神日本(カムヤマト)’‘八咫烏(ヤタガラス)’といった大和神話に由来する名が付けられていたが、『攻殻』では、都市が現実の日本から離れた代わりのように、精神的土着性が顕在化する。これは『イノセンス』で、更に深められるだろう。 煽尼采 |